園長コラム

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《不思議》

「不思議」
わたしは不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、 銀にひかっていることが。
わたしは不思議でたまらない、
青い桑の葉たべている、蚕が白くなることが。
わたしは不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、ひとりでぱらりと開くのが。
わたしは不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、あたりまえだ、ということが。

『金子みすゞ童謡全集』より

こどものなぜ?

子どもはしつこいくらいに「どうして?」と尋ねます。
子どもにとっては体験するほとんどの出来事が生まれて初めてのことばかりなのですから、当然です。そんな時、皆さんは大人としてどう答えますか。

説明責任を果たそうと、知識を総動員して教えますか?
年長組の子どもが、自慢げに虫の生態などについて教えてくれることがよくあります。
園には立派な図鑑がそろっていたり、スマホですぐに調べることも可能な時代です。

子どもたちは与えられたもので、まだからだで体験していないことでも知識として得ることができるのです。
そんな方法でたくさんの「知」をため込んでいくのでしょう。

でも僕は、例えば葉っぱを食べているイモムシを無心に目を寄せて見つめていたり、これは一体どんな蝶になるのだろうかと想像をめぐらしたりすことの方が、ずっと大切だと思います。

「不思議だな」と思うことが、外の世界へと関心を向けるきっかけとなるのです。

ふしぎで育つ

心の中に「なぜ」を持ち続けることによって、自分以外の存在に気づかされ、思いやる感性が育まれたり、見えないものへの洞察へと導かれていきます。
さらにそれは、自分が生きている意味や目的を問うことにもつながっているのです。

簡単に答えの出ないことがらに対して、粘り強く向き合っていく力ともなります。
子どもたちが置かれたこの時代は、一昨年の震災の出来事のように理不尽や不条理に満ちており、生涯にわたって「正解」のない課題に向き合って生きていくことが求められています。

金子みすゞは、わたしたちが知っていると思い込んでいることや、人が見過ごしてしまうようなことがらに対し、いつも別の方向から光をあてています。
そして、その存在の意味を新しく見つけようとしています。

よく知られた「みんなちがって、みんないい」との言葉は、そんな視点から紡ぎ出されたひとつのメッセージであり、魂の叫びなのです。ぜひみすゞの詩集を味わってみてください。

イエスは「子どものようにならなければ天の国に入ることはできない」と語ります。
子どものように「不思議」を見つけ「なぜ」を問う心の柔らかさ、真摯に物事と向き合う感性、真実なものへの直感を持ち続けることが大切ではないでしょうか。

分かりやすいことやすぐに結果が求められる時代だからこそ、「不思議」をふくらませ続ける人でありたいと思います。

西嶋佳弘/キリスト教保育連盟出版「ともに育つ」2013年1月号より転載